「イベルメクチン」という医薬品をご存じでしょうか。

イベルメクチンは、寄生虫による感染症の治療などに使用されてきた薬で、日本人研究者の大村智博士らの研究をきっかけに開発されました。2015年には、その功績が評価され、大村博士とウィリアム・キャンベル博士がノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

一方、2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行では、「イベルメクチンが新型コロナの治療や予防に有効なのではないか」という説が世界的に広まり、大きな注目を集めました。

しかし、寄生虫感染症に対する有効性が確立していることと、ウイルス感染症であるCOVID-19に有効であることは別の問題です。

では、イベルメクチンとはどのような薬なのでしょうか。

この記事では、イベルメクチンの歴史や効果、COVID-19をめぐって注目された理由、副作用や安全性について、公的機関の情報をもとにわかりやすく解説します。

イベルメクチンとは?何に使われる薬なのか

イベルメクチンは、主に寄生虫による感染症の治療などに使用されてきた**抗寄生虫薬(駆虫薬)**です。

日本では「ストロメクトール錠3mg」という医療用医薬品があり、PMDA(医薬品医療機器総合機構)の患者向医薬品ガイドでは、腸管糞線虫症や疥癬に対して使用される薬として説明されています。

イベルメクチンは、寄生虫の神経・筋細胞に存在する特定のイオンチャネルに作用し、寄生虫を麻痺させることで駆虫効果を発揮します。

つまり、イベルメクチンはもともと「ウイルスを治療する薬」として開発されたものではなく、寄生虫感染症の治療を目的として発展してきた医薬品です。

イベルメクチンの誕生とノーベル生理学・医学賞

イベルメクチンの歴史を語るうえで欠かせないのが、日本の科学者である大村智博士です。

大村博士は、土壌中に存在する微生物が生み出す有用な物質を研究していました。

1970年代、大村博士らが静岡県伊東市川奈のゴルフ場周辺で採取した土壌から、後にイベルメクチンにつながる物質を生み出す放線菌が発見されました。

この研究成果をもとに、米国のメルク社で研究が進められ、まずアベルメクチンが発見され、その後、より有効な化合物としてイベルメクチンが開発されました。

イベルメクチンは動物の寄生虫に対して非常に高い効果を示し、1981年には動物用医薬品として導入されています。

その後、人間の寄生虫感染症にも応用されるようになりました。

そして2015年、大村智博士とウィリアム・キャンベル博士は、**「線虫によって引き起こされる感染症に対する新しい治療法に関する発見」**により、ノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。

イベルメクチンが治療に使われてきた代表的な病気

イベルメクチンが世界的に評価された大きな理由の一つが、熱帯地域などで大きな問題となっていた寄生虫感染症への効果です。

代表的なものが、以下の病気です。

  • オンコセルカ症(河川盲目症)
  • リンパ系フィラリア症
  • 腸管糞線虫症
  • 疥癬

特にオンコセルカ症は、ブユによって媒介される寄生虫が原因となる感染症で、強いかゆみや皮膚症状を引き起こし、場合によっては視力障害や失明につながります。

イベルメクチンは、このオンコセルカ症の対策において重要な役割を果たしてきました。

WHOも、流行地域におけるオンコセルカ症の対策として、イベルメクチンを用いた集団投薬を実施してきたことを説明しています。

また、イベルメクチンはリンパ系フィラリア症の排除を目的としたプログラムでも使用されています。WHOは、流行地域におけるリンパ系フィラリア症対策で、イベルメクチンの供給・使用を支援しています。

こうした取り組みでは、製薬企業による薬剤の無償提供も長年続けられてきました。

2025年には、Mectizan Donation Programによるイベルメクチンの累計寄贈治療回数が50億回に達したこともWHOのイベントで紹介されています。

なぜイベルメクチンは新型コロナで注目されたのか?

イベルメクチンが一般にも広く知られるようになった大きなきっかけが、2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)です。

当初、研究室で行われたin vitro(試験管内)実験で、イベルメクチンがSARS-CoV-2の増殖を抑制する可能性が報告されました。

これをきっかけに、

「すでに使用実績のある薬なので、新型コロナにも効果があるのではないか」

という期待が世界各地で高まりました。

しかし、ここで重要なのが、試験管内でウイルスに作用したことと、人間の患者に投与した場合に治療効果が得られることは同じではないという点です。

WHOも、in vitroで確認された作用について、人間の体内で同じような抗ウイルス効果を得るために必要な濃度を通常の投与量で達成できる可能性は低いと説明しています。

そのため、新型コロナに対するイベルメクチンの有効性については、実際の患者を対象とした臨床試験による検証が必要となりました。

イベルメクチンは新型コロナに効くのか?

結論からいうと、イベルメクチンは、COVID-19の治療薬・予防薬として有効性が確立された医薬品とは位置付けられていません。

WHOは2021年、COVID-19患者に対するイベルメクチンについて、利用可能な臨床試験のエビデンスの確実性が非常に低いとして、臨床試験以外では使用しないよう推奨しました。

欧州医薬品庁(EMA)も、2021年に公表した見解で、COVID-19の予防・治療目的で、無作為化臨床試験の外でイベルメクチンを使用することを推奨していません。

日本でも、厚生労働省が公表したCOVID-19診療の手引きでは、イベルメクチンについて国内第III相試験が行われたものの、主要評価項目で統計学的有意差が認められなかったことが記載されています。

したがって、

「イベルメクチンは寄生虫感染症に対して実績のある薬」

という事実と、

「イベルメクチンがCOVID-19にも有効である」

という主張は分けて考える必要があります。

なぜ「コロナに効く」という情報が広がったのか

COVID-19をめぐってイベルメクチンへの期待が大きくなった背景には、いくつかの要因があります。

一つは、すでに長年使用されてきた医薬品だったことです。

未知の感染症が世界的に広がる中で、既存の医薬品を別の病気に利用する「ドラッグ・リポジショニング」への期待が高まりました。

また、初期には小規模な研究や観察研究などから、効果を示唆する報告も出されました。

しかし、個々の研究結果だけでは医薬品の有効性を判断することはできません。

研究の規模、対象となった患者、投与量、比較方法、評価項目などを確認し、複数の臨床試験を総合的に評価する必要があります。

WHOも、イベルメクチンに関する初期の研究には規模や方法上の問題があり、研究全体を評価したうえで判断する必要があるとしています。

イベルメクチンに副作用はある?

イベルメクチンは、適切な疾患に対して医師の判断のもとで使用される医薬品ですが、副作用がない薬ではありません。

日本で使用されているストロメクトール錠についても、添付文書には使用上の注意や副作用に関する情報が記載されています。

また、PMDAの患者向医薬品ガイドでは、体調が改善したからといって自己判断で使用を中止したり、服用量を変更したりせず、医師の指示に従うことが重要とされています。

さらに注意したいのが、人間用と動物用のイベルメクチン製剤は同じものではないという点です。

米国FDAは、動物用イベルメクチン製剤を人間が自己判断で使用したことによって、医療機関での治療や入院が必要となった事例を報告しています。

また、大量に服用すると、吐き気、嘔吐、下痢、低血圧、めまい、運動失調、けいれん、意識障害などの重篤な症状につながる可能性があります。

動物用イベルメクチンを人間が自己判断で服用することは避けるべきです。

「安全な薬だから飲んでも問題ない」は正しくない

イベルメクチンは長年にわたって使用されてきた実績のある医薬品です。

しかし、

「昔から使われている薬だから安全」

「寄生虫に効く薬だからウイルスにも効く」

「副作用が少ないから予防目的で飲んでも問題ない」

と単純に判断することはできません。

医薬品は、どの病気に対して、どの用量で、どの患者に使用するのかによって、有効性と安全性の評価が変わります。

FDAも、イベルメクチンは人間の一部の寄生虫感染症などには承認されていますが、COVID-19の予防・治療薬としては承認されていないと説明しています。

特に、個人輸入などで入手した薬や動物用製剤を自己判断で服用することには注意が必要です。

イベルメクチンについて情報を調べるときの注意点

イベルメクチンについて検索すると、SNSや動画サイト、個人ブログなどでさまざまな情報を目にすることがあります。

その中には、

  • 「万能薬である」
  • 「新型コロナを治療できる」
  • 「予防のために飲むべき」
  • 「公的機関が隠している」

といった強い主張もあります。

一方で、こうした主張を判断する際には、誰が発信している情報なのか、どのような研究を根拠としているのか、比較対象があるのか、研究結果が再現されているのかを確認することが重要です。

特に医薬品については、1つの研究結果だけで結論を出すのではなく、複数の臨床試験や系統的レビュー、公的機関のガイドラインなどを確認する必要があります。

イベルメクチンは「万能薬」ではない

イベルメクチンは、寄生虫感染症の治療に大きな貢献をしてきた重要な医薬品です。

その功績は、2015年のノーベル生理学・医学賞という形でも評価されています。

一方で、イベルメクチンに優れた抗寄生虫作用があるからといって、あらゆる感染症に効果があることを意味するわけではありません。

COVID-19をめぐっては、研究室での実験結果から大きな期待が生まれましたが、その後の臨床研究や公的機関による評価では、治療薬・予防薬としての有効性を確立する十分な根拠は示されていません。

薬の効果を判断する際には、「どの病気に対して効果が確認されているのか」を分けて考えることが大切です。

最後に – イベルメクチンの効果とコロナへの有効性

イベルメクチンは、寄生虫感染症の治療に使用されてきた抗寄生虫薬です。

日本人研究者の大村智博士らの研究をもとに開発され、オンコセルカ症などの寄生虫感染症対策に大きく貢献してきました。大村博士は2015年、ウィリアム・キャンベル博士とともにノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

一方、2020年以降のCOVID-19流行では、イベルメクチンの抗ウイルス作用が注目されました。

しかし、COVID-19の治療・予防については、WHOやEMAなどが臨床試験以外での使用を推奨しておらず、日本の厚生労働省が公表した資料でも国内第III相試験で主要評価項目の統計学的有意差は認められていません。

また、イベルメクチンには副作用や薬物相互作用などのリスクがあり、特に動物用製剤を人間が使用することは危険です。

イベルメクチンについて判断するときは、「ノーベル賞を受賞した薬だから何にでも効く」「安全性が高いから予防目的で飲んでも問題ない」といった単純な判断ではなく、どの病気に対して、どのような科学的根拠があるのかを確認することが重要です。

医薬品を使用する際は、SNSやインターネット上の情報だけで自己判断せず、医師や薬剤師などの専門家に相談することが大切です。

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