近年、厚生労働省を中心に「医療DX」が強力に推進されています。
オンライン資格確認、電子カルテ情報の共有、電子処方箋、医療情報の標準化など、日本の医療インフラそのものをデジタル化する取り組みが進んでいます。
一方で、歯科医療の現場に目を向けると、CT、CAD/CAM、口腔内スキャナー、デジタル技工など、治療そのものを変えるデジタル技術は以前から急速に普及してきました。
つまり、国が進める「医療情報インフラとしてのDX」と、歯科業界が進めてきた「臨床・治療のDX」は、同じDXという言葉であっても、その目的や進化の方向性が必ずしも同じではありません。
この記事では、国が進める医療DXの概要と、歯科業界が先行してきたデジタル化、そしてこれから歯科医院に求められる本当のDXについて解説します。
医療DXとは?厚生労働省が進める取り組み
まず、「医療DX」とは何でしょうか。
厚生労働省では、保健・医療・介護の各分野で発生する情報やデータを活用し、業務やシステム、データの標準化・共通化などを進めることで、より質の高い医療やケアを実現する取り組みとして医療DXを推進しています。
重要なのは、医療DXが単純に「紙を電子化すること」や「新しいシステムを導入すること」だけを意味するものではないという点です。
医療情報を適切につなぎ、必要なときに必要な情報を活用できる仕組みを整えることで、医療の質や効率を向上させることが大きな目的となっています。
国が進める医療DXの3つの柱
現在の医療DXでは、大きく次のような取り組みが進められています。
1.全国医療情報プラットフォームの構築
オンライン資格確認を基盤として、医療機関や薬局などが必要な医療情報を安全に活用できる全国的な情報基盤の構築が進められています。
将来的には、患者本人の同意を前提として、健診情報、薬剤情報、診療情報などを必要に応じて参照・共有できる環境を整えることが目指されています。
2.電子カルテ情報の標準化と共有
医療機関ごとに異なる電子カルテやシステムの情報を、より連携しやすくするための標準化も進められています。
電子カルテ情報共有サービスでは、紹介状や健診結果、傷病名、アレルギー情報、検査、処方などの情報を活用できる仕組みが検討・整備されています。
3.診療報酬改定DX
診療報酬制度に関する業務についても、デジタル技術を活用して効率化する取り組みが進められています。
つまり、国が進める医療DXの中心にあるのは、「医療情報をつなぐための社会インフラを整備すること」だと言えるでしょう。
歯科医療では、すでに臨床のデジタル化が進んでいた
一方、歯科医療の現場では、国が医療DXを本格的に掲げる以前から、治療の精度向上を目的としたデジタル技術が急速に導入されてきました。
歯科医院には、CT、デジタルレントゲン、CAD/CAMシステム、口腔内スキャナーなど、多くのデジタル機器が導入されています。
これらは単なる業務効率化のためのシステムではありません。
診断の精度を高め、治療を安全にし、患者さんへの説明を分かりやすくするための「臨床DX」とも言える技術です。
歯科用CTによる3次元診断
歯科用CTの普及により、従来の2次元画像だけでは把握しにくかった骨の状態や神経の位置、歯根の形態などを3次元的に確認できるようになりました。
特に、インプラント治療、埋伏歯や親知らずの抜歯、根管治療などでは、より詳細な情報を把握することが診断や治療計画に役立ちます。
これは、デジタル技術によって「見えなかったものを見えるようにした」代表的な歯科医療の進化です。
CAD/CAMが変えた被せ物・詰め物の製作
歯科医療に大きな変化をもたらした技術の一つが、CAD/CAMです。
コンピュータ上で歯の形を設計し、そのデータをもとに材料を加工することで、被せ物などを製作するデジタル技術が普及してきました。
保険診療におけるCAD/CAM冠についても、対象となる歯や材料の適用範囲は段階的に拡大されてきました。
ただし、すべての歯に無条件で保険適用されるわけではなく、歯の部位や咬合条件、金属アレルギーの有無などによって適用条件があります。
そのため、「現在ではほぼすべての歯に保険適用されている」といった表現よりも、「適用範囲が拡大しているものの、条件によって適応が異なる」と表現する方が正確です。
口腔内スキャナーによるデジタル印象
従来、被せ物や詰め物を製作するためには、印象材を使って歯型を採る方法が一般的でした。
しかし近年では、口腔内スキャナーを使用して口腔内をデジタルデータとして取得する「デジタル印象」が普及しています。
取得したデータは、CAD/CAMシステムや歯科技工所とのデジタル連携に活用できます。
患者さんにとっては、印象材による型取りの負担軽減につながる可能性があり、医療機関側にとってもデータ管理や技工工程の効率化につながることがあります。
なぜ歯科業界ではデジタル化が早く進んだのか
歯科医療が比較的早い段階からデジタル技術を積極的に取り入れてきた背景には、いくつかの理由があります。
1.歯科治療には高い精度が求められる
歯科治療では、わずかな形状の違いや噛み合わせのズレが、患者さんの違和感や治療結果に影響することがあります。
そのため、形状を数値化し、3次元データとして可視化するデジタル技術との相性が非常に良い分野でした。
2.歯科には「医療」と「製造」の両面がある
歯科医療では、患者さんごとに異なる被せ物、詰め物、義歯などを製作します。
つまり、診療だけではなく、オーダーメイドの補綴物を製作する「ものづくり」の側面があります。
このため、製造業で発展してきたCAD/CAM、3Dデータ、デジタル設計などの技術を比較的取り入れやすい環境がありました。
3.患者満足度と治療品質の向上が求められてきた
歯科医院では、治療の質だけでなく、患者さんへの説明、治療時間、通院回数、スタッフの業務負担など、さまざまな改善が求められます。
こうした課題を解決するため、多くの歯科医院が自らの経営判断によってデジタル機器へ投資してきました。
つまり、歯科におけるデジタル化は、行政主導だけではなく、「より良い治療を提供したい」という臨床現場のニーズによって発展してきた側面が大きいと言えるでしょう。
国が進める医療DXと、歯科のDXは何が違うのか
ここで重要なのは、国が進める医療DXと、歯科医院がこれまで進めてきたデジタル化は、必ずしも対立するものではないという点です。
両者には、目的の違いがあります。
- 国の医療DX:医療情報を安全につなぎ、社会全体の医療を効率化する
- 歯科の臨床DX:診断・治療・技工の精度を高め、患者さんへの医療を改善する
歯科医療の現場から見ると、CTや口腔内スキャナーなどの導入は、治療結果に直接影響するため、そのメリットを実感しやすい技術です。
一方、オンライン資格確認や情報共有システムについては、導入や運用にコスト・業務負担が発生する一方で、現場によっては短期的なメリットを実感しにくいケースもあるでしょう。
そのため、医療DXを進める際には、単にシステム導入を求めるだけではなく、「現場の負担を減らし、患者さんや医療従事者にどのようなメリットがあるのか」を明確にすることが重要です。
歯科が目指すべき「本当の医療DX」とは
歯科医院に求められるDXは、単に最新の機器やシステムを導入することではありません。
デジタル技術を活用して、患者さんにとってより安全で、より分かりやすく、より質の高い医療を提供することが、本来の目的ではないでしょうか。
今後、歯科医療では次のような取り組みがさらに重要になると考えられます。
AIを活用した診断支援
画像診断や治療計画の分野では、AIを活用した診断支援技術の発展が期待されています。
ただし、AIは歯科医師に代わって診断するものではなく、あくまで診断や判断を支援する技術として活用していくことが重要です。
フルデジタルワークフローの普及
口腔内スキャンから設計、技工、製作までをデジタルデータで連携することで、歯科医療のワークフローはさらに変化していく可能性があります。
患者さんとのコミュニケーションのDX
デジタル技術の価値は、治療だけではありません。
3D画像やシミュレーションを活用することで、患者さんが自分の口腔内の状態や治療内容を理解しやすくなることも、DXの大きな価値です。
歯科医療DXに関するよくある質問
Q.歯科医療DXとは何ですか?
歯科医療DXとは、CT、CAD/CAM、口腔内スキャナー、AI、電子カルテなどのデジタル技術を活用し、診断・治療・技工・患者対応・業務を改善していく取り組みです。
Q.歯科ではどのようなデジタル技術が使われていますか?
代表的なものとして、歯科用CT、デジタルレントゲン、CAD/CAM、口腔内スキャナー、デジタル技工、AIを活用した診断支援などがあります。
Q.医療DXと歯科のデジタル化は同じですか?
完全に同じではありません。国が進める医療DXは医療情報の共有や標準化、社会全体の医療インフラ整備が中心です。一方、歯科では治療の精度向上や診療プロセスの改善を目的としたデジタル化が早くから進んできました。
まとめ|DXは導入することが目的ではない
厚生労働省が進める医療DXは、日本の医療情報をつなぎ、より効率的で質の高い医療を実現するために重要な取り組みです。
一方、歯科医療の現場では、CT、CAD/CAM、口腔内スキャナーなどを通じて、治療そのものを変えるデジタル化が以前から進められてきました。
これから重要になるのは、「DXを導入すること」そのものを目的にしないことです。
デジタル技術を導入した結果、患者さんの安全性は高まったのか。
治療の精度は向上したのか。
患者さんは治療内容を理解しやすくなったのか。
そして、医療従事者の負担は本当に減ったのか。
こうした視点を持つことこそが、歯科医療における本当のDXにつながるのではないでしょうか。
国が整備する医療情報インフラと、歯科業界が培ってきた臨床のデジタル技術。
この2つを対立させるのではなく、患者さんにとってより良い歯科医療を実現するためにどう融合させていくのかが、これからの歯科医療DXに求められる大きなテーマとなるでしょう。
